| 文化9年(1812 1歳) |
10月1日に高知城下新市町に髪結いの子として生まれる |
| 文化11年(1814 3歳) |
北斎漫画 初編刊 |
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幼少より画才あり |
| 文政12年(1829 18歳) |
江戸へ上る。 |
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江戸土佐藩御用絵師前村洞和に入門する
狩野派本格を学ぶ |
| 天保2年(1831 20歳) |
北斎「富嶽三十六景」開版 |
| 天保3年(1832 21歳) |
江戸より帰国し桐間家の御用絵師となり、林洞意と名乗る |
| 天保4年(1833 22歳) |
安藤広重「東海道五十三次」開版 |
| 天保6年(1835 24歳)
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坂本龍馬生まれる |
天保〜慶応年間
(年月不明) |
狩野探幽の贋作事件を起こし、お抱え絵師の身分を失う。
狩野派破門、林洞意の号を奪われる
城下追放、弘瀬柳栄と名乗る
在方を放浪したとも、上方に上り小屋者として歳月を過ごしたとも言われるがすべて不明
町絵師金蔵(絵金)として町人、農漁民に愛され、僅かな謝礼で風俗画などを多数描く
赤岡に定住し芝居絵を大成する
芝居絵屏風、奉納絵馬など多数制作。庶民の楽しみの場である神社の祭礼時に絵金の絵が展示された |
| 慶応3年(1867 56歳) |
大政奉還。坂本龍馬(33歳)暗殺される |
| 明治2年(1869 58歳)
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このころ高知市蓮池に住み、弘瀬姓を名乗り雀七と改名
妻初菊、嗣子俊三郎とその妻糸竹、長女糸萩、孫千代 |
| 明治6年(1873 62歳) |
中風を患い、死までの3年間は左手で描く |
| 明治9年(1876 65歳)
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3月8日に没す。上田村の本正寺で葬儀 |
| 明治12年(1879)
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妻初菊死去。「友竹斎夫婦墓」が真宗寺山腹の墓地に建立される |