高知出身もしくは高知をゆかりの地とする美術作家の方がたくさんおられます。このページではそれらの方の一部についてプロフィールとグッズをご紹介いたします。

絵金  山本昇雲 デハラユキノリ 今西中通
日和崎尊夫 土方久功 山脇信徳 河田小龍
中山高陽 島内松南 松林誠  


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絵金(1812〜1879)
文化9年に髪結いの子として高知城下に生まれ、明治維新後の明治12年に没した絵師。幼少より絵筆の才能を認められ、江戸に赴き「狩野派」のもとで修行。若干20歳で土佐藩家老桐間家の御用絵師に取り立てられ、苗字(林洞意)帯刀を許された。その出世が周囲の反感を買い、「似絵事件」により一切の身分を剥奪された上に城下を追放される。追放後の足取りには不明な点が多い。赤岡に定住した後、町絵師として数多くの芝居絵屏風や絵馬提灯を制作。

図録 絵金
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絵金読本
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EKIN
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ポストカード
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山本昇雲(1870〜1965・本名 茂三郎 別号 松谷)は明治・大正・昭和の長きにわたり活躍した高知の画家。幼少のころより柳本洞素、河田小龍に師事する。日本画家としても、絵画共進会、文展、帝展などに美人画・花鳥画・風景画を数多く出品、受賞。高知出身者による美術団体・土陽美術会では創立時より主要会員会員として活躍した。  


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グッズ
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1974年、高知県生まれ。大阪芸術大学デザイン科卒、サラリーマンとして活躍。フィギュアイラストレーターとして活動し、1999年には「サトシ君との生活」展を発表する。「ジバコレ」「ザ・ジンギ」「お野菜戦争」等キモカワイイ!?数々のフィギュアを制作。東京・大阪・高知を中心に個展を開催するが日本だけにとどまらず海外でも活躍、注目を集めている。制作されたフィギュアは、CDジャケットや雑誌の装丁、挿し絵、広告などにも使われている。


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図録 
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今西中通(1908〜1947)は、独立美術協会のフォービズム(野獣派)の影響を受け、その後これとは対極に位置するキュービズム(立体派)へと独自の表現を確立。セザンヌ風表現から具象画へと新たな表現を築こうとした矢先、38歳の若さで生涯を終える。


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図録
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日和崎尊夫(1941〜1992)
高知市出身。武蔵野美術大学油彩画実技専科に入学するが、版画に興味を持ち畦地梅太郎に師事、板目木版画を学ぶ。1964年帰郷、版画協会展や国画会展に木版画が入選。このころから木口木版画に関心を寄せ独自の技法を開拓する。1968年に再上京、翌年日本版画協会会員となり、フィレンツェ国際版画ビエンナーレで金賞。自身が学んだ日本版画工房で木版画講師を務める。1982年に再び帰郷。1990年には高知版画協会を設立し、高知国際版画トリエンナーレ展の創設に携わる。
ポストカード
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ポストカード・書籍
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土方久功(1900〜1977)
祖父土方理左衛門は土佐藩郷士。陸軍将校の久路を父に東京で生まれた久功は、東京美術学校で彫刻を学ぶ。若いころから世界の民俗文化に興味を持ち、1929年には当時日本の委任統治領のパラオ諸島に渡る。パラオ芸術に影響を受け多くの彫刻作品を残す。また詩作や絵本の創作など著書も多数。晩年は身近なものを題材に水彩画を描いた。


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ポストカード・書籍
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山脇信徳(1886〜1953)
高知市出身。東京美術学校在学中の1909年第3回文展に出品した「停車場の朝」が褒状を受け、来日中のバーナード・リーチに「日本のモネ」と賞された。学生時代に雑誌「白樺」に参加、晩年まで志賀直哉らと交友が続く。滋賀県立膳所中学校や満州の奉天中学校の教員を勤めながら創作活動に励むが、39歳で教職を辞しその後フランスやイタリアに遊学。このころ梅原龍三郎らの求めに応じ国画会設立に参加。1929年高知に居を構え、後半生は後進の育成に励み、地方画家として過ごした。



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図録
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河田小龍(かわだ・しょうりょう)(1824〜1898)
高知城下、浦戸町に生まれる。通称篤太郎。御水師、土生家に生まれるが父方の河田姓を名乗る。幼少の頃から絵の才能を認められ神童と評され、島内蘭渓から南宋画を学び、後に狩野派の林洞意門下となる。23歳の折り京阪に遊学、その後も長崎、江戸で見聞を広める。嘉永5(1852)年にはアメリカから帰国した中浜万次郎の取り調べにあたり、聞き書きに図版を交え「漂巽紀略」を著した。西洋の事情に明るい小龍を坂本龍馬が訪れたり、後に海援隊士となる長岡謙吉、近藤長次郎らを育てるなど多彩な活躍をした。



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ポストカード
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中山高陽(なかやま・こうよう)(1717〜1780)
高知城下、堺町に富商阿波屋勝久の次男として生まれる。元の姓は中山田氏で、香宗我部氏の末裔。文人画家、書家で漢詩人。佐川深尾家の儒者、富永惟安に儒学と詩を学ぶ。書は細井広沢の影響を受け、広沢の門人で江戸の書家、関鳳岡に学んだといわれる。宝暦3(1753)年のころは画塾が隆盛で、稽古場を増築するまでになっていたが、宝暦8(1758)年江戸に出る。井上金峨、澤田東江ら江戸の文人墨客と交わり、多くの著作を残す。高陽の画に金峨の賛、東江の書したものを三絶と称され江戸の人々にもてはやされた。



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島内松南(しまのうち・しょうなん)(1881〜1962)
香美郡野市町出身。11歳で南部錦渓に学び、12歳で漢画風の絵で当時評判の種田豊水に入門。明治29(1896)年豊水が佐川に隠居したため四条派の柳本素石に師事。19歳で高岡高等小学校の図画教員となるが、翌年上京し、橋本雅邦、梶田半古に師事する。明治40(1907)年第1回文展に「落葉」を出品、三等賞となり一躍有名になる。同年本山白雲らと土陽美術会を設立。大正3(1914)年には二葉会審査員となり創作に励むが、大正11(1922)年に帰郷。以降郷土画壇の重鎮として伝統的画風を守った。
 



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書籍
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松林誠(まつばやしまこと)(1962〜)
高知県生まれ、版画家。1986年創形美術学校研究科の版画課程修了。1995年には第12回ザ・チョイス年度賞大賞をはじめとし、その後も多くの賞を受賞している。現在は高知を拠点として活躍中。


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